四
「昨年のちょうど今ごろでございました。」
料理番はひしと、身を寄せ、肩をしめて話し出した。
「今年は今朝から雪になりましたが、そのみぎりは、忘れもしません、前日雪が降りました。積もり方は、もっと多かったのでございます。――二時ごろに、目の覚《さ》めますような御婦人客が、ただお一方《ひとかた》で、おいでになったのでございます。――目の覚めるようだと申しましても派手ではありません。婀娜《あだ》な中に、何となく寂しさのございます、二十六七のお年ごろで、高等な円髷《まるまげ》でおいででございました。――御容子《ごようす》のいい、背のすらりとした、見立ての申し分のない、しかし奥様と申すには、どこか媚《なま》めかしさが過ぎております。そこは、田舎《いなか》ものでも、大勢お客様をお見かけ申しておりますから、じきにくろうと衆《しゅ》だと存じましたのでございまして、これが柳橋の蓑吉《みのきち》さんという姐《ねえ》さんだったことが、後に分かりました。宿帳の方はお艶様《つやさま》でございます。
その御婦人を、旦那――帳場で、このお座敷へ御案内申したのでございます。
風呂《ふろ》がお
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