鴨居《かもい》に、すらすらと丈《たけ》が伸びた。
 境は胸が飛んで、腰が浮いて、肩が宙へ上がった。ふわりと、その婦《おんな》の袖《そで》で抱き上げられたと思ったのは、そうでない、横に口に引き銜《くわ》えられて、畳を空《くう》に釣《つ》り上げられたのである。
 山が真黒になった。いや、庭が白いと、目に遮《さえぎ》った時は、スッと窓を出たので、手足はいつか、尾鰭《おひれ》になり、我はぴちぴちと跳《は》ねて、婦《おんな》の姿は廂《ひさし》を横に、ふわふわと欄間の天人のように見えた。
 白い森も、白い家も、目の下に、たちまちさっと……空高く、松本城の天守をすれすれに飛んだように思うと、水の音がして、もんどり打って池の中へ落ちると、同時に炬燵《こたつ》でハッと我に返った。
 池におびただしい羽音が聞こえた。
 この案山子《かかし》になど追えるものか。
 バスケットの、蔦《つた》の血を見るにつけても、青い呼吸《いき》をついてぐったりした。
 廊下へ、しとしとと人の音がする。ハッと息を引いて立つと、料理番が膳《ぜん》に銚子《ちょうし》を添えて来た。
「やあ、伊作さん。」
「おお、旦那《だんな》。」

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