て、化粧をしていた。
 境は起《た》つも坐《い》るも知らず息を詰めたのである。
 あわれ、着た衣《きぬ》は雪の下なる薄もみじで、膚《はだ》の雪が、かえって薄もみじを包んだかと思う、深く脱いだ襟脚《えりあし》を、すらりと引いて掻《か》き合わすと、ぼっとりとして膝近だった懐紙《かみ》を取って、くるくると丸げて、掌《てのひら》を拭《ふ》いて落としたのが、畳へ白粉《おしろい》のこぼれるようであった。
 衣摺《きぬず》れが、さらりとした時、湯どのできいた人膚《ひとはだ》に紛《まが》うとめきが薫《かお》って、少し斜めに居返《いがえ》ると、煙草《たばこ》を含んだ。吸い口が白く、艶々《つやつや》と煙管《きせる》が黒い。
 トーンと、灰吹の音が響いた。
 きっと向いて、境を見た瓜核顔《うりざねがお》は、目《ま》ぶちがふっくりと、鼻筋通って、色の白さは凄《すご》いよう。――気の籠《こ》もった優しい眉《まゆ》の両方を、懐紙《かみ》でひたと隠して、大きな瞳《ひとみ》でじっと視《み》て、
「……似合いますか。」
 と、莞爾《にっこり》した歯が黒い。と、莞爾しながら、褄《つま》を合わせざまにすっくりと立った。顔が
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