ような白粉《おしろい》の香がする。
「婦人《おんな》だ」
何しろ、この明りでは、男客にしろ、一所に入ると、暗くて肩も手も跨《また》ぎかねまい。乳に打着《ぶつ》かりかねまい。で、ばたばたと草履《ぞうり》を突っ掛けたまま引き返した。
「もう、お上がりになりまして?」と言う。
通いが遠い。ここで燗《かん》をするつもりで、お米がさきへ銚子《ちょうし》だけ持って来ていたのである。
「いや、あとにする。」
「まあ、そんなにお腹《なか》がすいたんですの。」
「腹もすいたが、誰かお客が入っているから。」
「へい、……こっちの湯どのは、久しく使わなかったのですが、あの、そう言っては悪うございますけど、しばらくぶりで、お掃除《そうじ》かたがた旦那様《だんなさま》に立てましたのでございますから、……あとで頂きますまでも、……あの、まだどなたも。」
「かまやしない。私はゆっくりでいいんだが、婦人の客のようだったぜ。」
「へい。」
と、おかしなベソをかいた顔をすると、手に持つ銚子が湯沸しにカチカチカチと震えたっけ、あとじさりに、ふいと立って、廊下に出た。一度ひっそり跫音《あしおと》を消すや否や、けたたまし
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