座敷だが――その二度めだったか、厠《かわや》のかえりに、わが座敷へ入ろうとして、三階の欄干《てすり》から、ふと二階を覗《のぞ》くと、階子段《はしごだん》の下に、開けた障子に、箒《ほうき》とはたきを立て掛けた、中の小座敷に炬燵《こたつ》があって、床の間が見通される。……床に行李《こうり》と二つばかり重ねた、あせた萌葱《もえぎ》の風呂敷《ふろしき》づつみの、真田紐《さなだひも》で中結わえをしたのがあって、旅商人《たびあきんど》と見える中年の男が、ずッぷり床を背負《しよ》って当たっていると、向い合いに、一人の、中年増《ちゅうどしま》の女中がちょいと浮腰で、膝《ひざ》をついて、手さきだけ炬燵に入れて、少し仰向くようにして、旅商人と話をしている。
なつかしい浮世の状《さま》を、山の崖《がけ》から掘り出して、旅宿《やど》に嵌《は》めたように見えた。
座敷は熊の皮である。境は、ふと奥山へ棄《す》てられたように、里心が着いた。
一昨日《おととい》松本で城を見て、天守に上って、その五層《いつつ》めの朝霜の高層に立って、ぞっとしたような、雲に連なる、山々のひしと再び窓に来て、身に迫るのを覚えもした。
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