と一通りでない。料理屋が鶫|御料理《おんりょうり》、じぶ、おこのみなどという立看板を軒に掲げる。鶫うどん、鶫|蕎麦《そば》と蕎麦屋までが貼紙《びら》を張る。ただし安価《やす》くない。何の椀《わん》、どの鉢《はち》に使っても、おん羮《あつもの》、おん小蓋《こぶた》の見識で。ぽっちり三臠《みきれ》、五臠《いつきれ》よりは附けないのに、葱と一所《ひとつ》に打《ぶ》ち覆《ま》けて、鍋からもりこぼれるような湯気を、天井へ立てたは嬉《うれ》しい。
 あまっさえ熱燗《あつかん》で、熊《くま》の皮に胡坐《あぐら》で居た。
 芸妓《げいしゃ》の化けものが、山賊にかわったのである。
 寝る時には、厚衾《あつぶすま》に、この熊《くま》の皮が上へ被《かぶ》さって、袖《そで》を包み、蔽《おお》い、裙《すそ》を包んだのも面白い。あくる日、雪になろうとてか、夜嵐《よあらし》の、じんと身に浸《し》むのも、木曾川の瀬の凄《すご》いのも、ものの数ともせず、酒の血と、獣の皮とで、ほかほかして三階にぐっすり寝込んだ。
 次第であるから、朝は朝飯から、ふっふっと吹いて啜《すす》るような豆腐の汁《しる》も気に入った。
 一昨日《
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