いがわ》の瀬が響く。
二
「何だい、どうしたんです。」
「ああ、旦那。」と暗夜《やみよ》の庭の雪の中で。
「鷺《さぎ》が来て、魚《うお》を狙《ねら》うんでございます。」
すぐ窓の外、間近だが、池の水を渡るような料理番――その伊作の声がする。
「人間《ひと》が落ちたか、獺《かわうそ》でも駈《か》け廻《まわ》るのかと思った、えらい音で驚いたよ。」
これは、その翌日の晩、おなじ旅店《はたごや》の、下《した》座敷でのことであった。……
境は奈良井宿に逗留《とうりゅう》した。ここに積もった雪が、朝から降り出したためではない。別にこのあたりを見物するためでもなかった。……昨夜は、あれから――鶫を鍋《なべ》でと誂《あつら》えたのは、しゃも、かしわをするように、膳《ぜん》のわきで火鉢《ひばち》へ掛けて煮るだけのこと、と言ったのを、料理番が心得て、そのぶつ切りを、皿に山もり。目笊《めざる》に一杯、葱《ねぎ》のざくざくを添えて、醤油《しょうゆ》も砂糖も、むきだしに担《かつ》ぎあげた。お米が烈々と炭を継ぐ。
越《こし》の方だが、境の故郷いまわりでは、季節になると、この鶫を珍重するこ
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