合った木曾山中のしらしらあけです……暗い裾《すそ》に焚火を搦《から》めて、すっくりと立ち上がったという、自然、目の下の峰よりも高い処《ところ》で、霧の中から綺麗《きれい》な首が。」
「いや、旦那《だんな》さん。」
「話は拙《まず》くっても、何となく不気味だね。その口が血だらけなんだ。」
「いや、いかにも。」
「ああ、よく無事だったな、と私が言うと、どうして? と訊くから、そういうのが、慌《あわ》てる銃猟家だの、魔のさした猟師に、峰越しの笹原《ささはら》から狙《ねら》い撃ちに二つ弾丸《だま》を食らうんです。……場所と言い……時刻と言い……昔から、夜待ち、あけ方の鳥あみには、魔がさして、怪しいことがあると言うが、まったくそれは魔がさしたんだ。だって、覿面《てきめん》に綺麗な鬼になったじゃあないか。……どうせそうよ、……私は鬼よ。――でも人に食われる方の……なぞと言いながら、でも可恐《こわ》いわね、ぞっとする。と、また口を手巾で圧えていたのさ。」
「ふーん。」と料理番は、我を忘れて沈んだ声して、
「ええ。旦那、へい、どうも、いや、全く。――実際、危のうございますな。――そういう場合には、きっ
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