ます、お米《よね》。」
「あら、何だよ、伊作《いさく》さん。」
と女中が横にらみに笑って睨《にら》んで、
「旦那さん、――この人は、家《うち》が伊那だもんでございますから。」
「はあ、勝頼《かつより》様と同国ですな。」
「まあ、勝頼様は、こんな男ぶりじゃありませんが。」
「当り前よ。」
とむッつりした料理番は、苦笑いもせず、またコッツンと煙管を払《はた》く。
「それだもんですから、伊那の贔屓《ひいき》をしますの――木曾で唄《うた》うのは違いますが。――(伊那や高遠へ積み出す米は、みんな木曾路《きそじ》の余り米)――と言いますの。」
「さあ……それはどっちにしろ……その木曾へ、木曾へのきっかけに出た話なんですから、私たちも酔ってはいるし、それがあとの贄川《にえがわ》だか、峠を越した先の藪原《やぶはら》、福島、上松《あげまつ》のあたりだか、よくは訊《き》かなかったけれども、その芸妓《げいしゃ》が、客と一所に、鶫あみを掛けに木曾へ行ったという話をしたんです。……まだ夜《よ》の暗いうちに山道をずんずん上って、案内者の指揮《さしず》の場所で、かすみを張って囮《おとり》を揚げると、夜明け前、霧
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