でさえ大急《おおいそぎ》でございます。飛んだ長座をいたしました。」
 謂うことを聞きも果てず、叔母は少しく急《せ》き込みて、
「その言《こと》は聞いたけれど、女《むすめ》の身にもなって御覧、あんな田舎へ推込《おしこ》まれて、一年|越《ごし》外出《そとで》も出来ず、折があったらお前に逢いたい一心で、細々命を繋《つな》いでいるもの、顔も見せないで行かれちゃあ、それこそ彼女《あのこ》は死んでしまうよ。お前もあんまり察しがない。」
 と戎衣《じゅうい》を捉《とら》えて放たざるに、謙三郎は困《こう》じつつ、
「そうおっしゃるも無理ではございませんが、もう今から逢いますには、脱営しなければなりません。」
「は、脱営でも何でもおし。通が私ゃ可哀そうだから、よう、後生だから。」
 と片手に戎衣の袖を捉えて、片手に拝むに身もよもあらず、謙三郎は蒼《あお》くなりて、
「何、私の身はどうなろうと、名誉も何も構いませんが、それでは、それではどうも国民たる義務が欠けますから。」
 と誠心《まごころ》籠《こ》めたる強き声音《こわね》も、いかでか叔母の耳に入《い》るべき。ひたすら頭《こうべ》を打掉《うちふ》りて、

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