「何が欠けようとも構わないよ。何が何でも可いんだから、これたった一目、後生だ。頼む。逢って行ってやっておくれ。」
「でもそれだけは。」
 謙三郎のなお辞するに、果《はて》は怒《いか》りて血相かえ、
「ええ、どういっても肯《き》かないのか。私一人だから可いと思って、伯父さんがおいでの時なら、そんなこと、いわれやしまいが。え、お前、いつも口癖のように何とおいいだ。きっと養育された恩を返しますッて、立派な口をきく癖に。私がこれほど頼むものを、それじゃあ義理が済むまいが。あんまりだ、あんまりだ。」
 謙三郎はいかんとも弁疏《いいわけ》なすべき言《ことば》を知らず、しばし沈思して頭《こうべ》を低《た》れしが、叔母の背《せな》をば掻無《かいな》でつつ、
「可《よ》うございます。何とでもいたしてきっと逢って参りましょう。」
 謂われて叔母は振仰向《ふりあおむ》き、さも嬉しげに見えたるが、謙三郎の顔の色の尋常《ただ》ならざるを危《あやぶ》みて、
「お前、可いのかい。何ともありゃしないかね。」
「いや、お憂慮《きづかい》には及びません。」
 といと淋しげに微笑《ほほえ》みぬ。

       三

「奥
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