様《これ》、どこへござらっしゃる。」
と不意に背後《うしろ》より呼留められ、人は知らずと忍び出でて、今しもようやく戸口に到《いた》れる、お通はハッと吐胸《とむね》をつきぬ。
されども渠《かれ》は聞かざる真似して、手早く鎖《じょう》を外さんとなしける時、手燭《てしょく》片手に駈出《かけい》でて、むずと帯際を引捉《ひっとら》え、掴戻《つかみもど》せる老人あり。
頭髪あたかも銀のごとく、額|兀《は》げて、髯《ひげ》まだらに、いと厳《いか》めしき面構《つらがまえ》の一癖あるべく見えけるが、のぶとき声にてお通を呵《しか》り、「夜|夜中《よなか》あてこともねえ駄目なこッた、断念《あきらめ》さっせい。三原伝内が眼張《がんば》ってれば、びくともさせるこっちゃあねえ。眼を眩《くら》まそうとってそりゃ駄目だ。何の戸外《おもて》へ出すものか。こっちへござれ。ええ、こっちござれと謂《い》うに。」
お通は屹《きっ》と振返り、
「お放し、私がちょっと戸外《おもて》へ出ようとするのを、何のお前がお構いでない、お放しよ、ええ! お放してば。」
「なりましねえ。麻畑の中へ行って逢おうたッて、そうは行《ゆ》かねえ
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