》の輩《やから》は、皆玄関に立併《たちなら》びて、いずれも面に愁色《しゅうしょく》あり。弾丸の中に行《ゆ》く人の、今にも来《きた》ると待ちけるが、五分を過ぎ、十分を経て、なお書斎より来らざるにぞ、謙三郎はいかにせしと、心々に思える折から、寂として広き家の、遥《はるか》奥の方《かた》よりおとずれきて、
「ツウチャン、ツウチャン。」
 と鸚鵡の声、聞き馴れたる叔母のこの時のみ何思いけん色をかえて、急がわしく書斎に到れり。
 謙三郎は琵琶に命じて、お通の名をば呼ばしめしが、来《きた》るべき人のあらざるに、いつもの事とはいいながら、あすは戦地に赴く身の、再び見、再び聞き得べき声にあらねば、意を決したる首途《かどで》にも、渠はそぞろに涙ぐみぬ。
 時に椽側に跫音《あしおと》あり。女々しき風情を見られまじと、謙三郎の立ちたる時、叔母は早くも此方《こなた》に来りて、突然《いきなり》鳥籠の蓋《ふた》を開けつ。
 驚き見る間に羽ばたき高く、琵琶は籠中《ろうちゅう》を逸し去れり。
「おや! 何をなさいます。」
 と謙三郎はせわしく問いたり。叔母は此方《こなた》を見も返らで、琵琶の行方を瞻《みまも》りつつ、
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