が例なりしなり。
今やなし。あらぬを知りつつ謙三郎は、日に幾回、夜《よ》に幾回、果敢《はか》なきこの児戯を繰返すことを禁じ得ざりき。
さてその頃は、征清《せいしん》の出師《すいし》ありし頃、折はあたかも予備後備に対する召集令の発表されし折なりし。
謙三郎もまた我国《わがくに》徴兵の令に因りて、予備兵の籍にありしかば、一週日以前既に一度《ひとたび》聯隊に入営せしが、その月その日の翌日《あくるひ》は、旅団戦地に発するとて、親戚《しんせき》父兄の心を察し、一日の出営を許されたるにぞ、渠は父母無き孤児《みなしご》の、他に繋累《けいるい》とてはあらざれども、児《こ》として幼少より養育されて、母とも思う叔母に会して、永き離別《わかれ》を惜《おし》まんため、朝来ここに来《きた》りおり、聞くこともはた謂《い》うことも、永き夏の日に尽きざるに、帰営の時刻迫りたれば、謙三郎は、ひしひしと、戎衣《じゅうい》を装い、まさに辞し去らんとして躊躇《ちゅうちょ》しつ。
書斎に品《もの》あり、衣兜《かくし》に容《い》るるを忘れたりとて既に玄関まで出《い》でたる身の、一人書斎に引返しつ。
叔母とその奴婢《どひ
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