とく、
「何だ!」
とその言を再びせしめつ。お通は怯《お》めず、臆《おく》する色なく、
「はい。私に、私に、節操を守らねばなりませんという、そんな、義理はございませんから、出来さえすれば破ります!」
恐気《おそれげ》もなく言放てる、片頬に微笑《えみ》を含みたり。
尉官は直ちに頷《うなず》きぬ。胸中|予《あらかじ》めこの算ありけむ、熱の極は冷となりて、ものいいもいと静《しずか》に、
「うむ、きっと節操を守らせるぞ。」
渠は唇頭《しんとう》に嘲笑《ちょうしょう》したりき。
二
相本謙三郎はただ一人清川の書斎に在り。当所《あてど》もなく室《へや》の一方を見詰めたるまま、黙然《もくねん》として物思えり。渠《かれ》が書斎の椽前《えんさき》には、一個|数寄《すき》を尽したる鳥籠《とりかご》を懸けたる中に、一羽の純白なる鸚鵡《おうむ》あり、餌《え》を啄《ついば》むにも飽きたりけむ、もの淋しげに謙三郎の後姿を見|遣《や》りつつ、頭《かしら》を左右に傾けおれり。一室|寂《じゃく》たることしばしなりし、謙三郎はその清秀なる面《おもて》に鸚鵡を見向きて、太《いた》く物案ずる状《さ
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