に近郊に散策しつ。
小高き丘に上りしほどに、ふと足下《あしもと》に平地ありて広袤《こうぼう》一円十町余、その一端には新しき十字架ありて建てるを見たり。
お通は見る眼も浅ましきに、良人は予《あらかじ》め用意やしけむ、従卒に持って来させし、床几《しょうぎ》をそこに押並べて、あえてお通を抑留して、見る目を避くるを許さざりき。
武歩たちまち丘下《きゅうか》に起りて、一中隊の兵員あり。樺色《かばいろ》の囚徒の服着たる一個の縄附を挟《さしはさ》みて眼界近くなりけるにぞ、お通は心から見るともなしに、ふとその囚徒を見るや否や、座右《ざう》の良人を流眄《ながしめ》に懸けつ。かつて「どうするか見ろ」と良人がいいし、それは、すなわちこれなりしよ。お通は十字架を一目見てしだに、なお且つ震いおののける先の状《さま》には引変えて、見る見る囚徒が面縛《めんばく》され、射手の第一、第二弾、第三射撃の響《ひびき》とともに、囚徒が固く食いしぼれる唇を洩《もれ》る鮮血の、細く、長くその胸間に垂れたるまで、お通は瞬《またたき》もせず瞻《みまも》りながら、手も動かさず態《なり》も崩さず、石に化したるもののごとく、一筋二筋
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