籠《たてこ》めて、室《へや》の中央《なかば》に進み寄り、愁然《しゅうぜん》として四辺《あたり》を※[#「目+旬」、第3水準1−88−80]《みまわ》し、坐りもやらず、頤《おとがい》を襟に埋《うず》みて悄然《しょうぜん》たる、お通の俤《おもかげ》窶《やつ》れたり。
やがて桐火桶の前に坐して、亡き人の蒲団を避《よ》けつつ、その傍《そば》に崩折《くずお》れぬ。
「謙さん。」
とまた低声《こごえ》に呼びて、もの驚きをしたらんごとく、肩をすぼめて首低《うなだ》れつ。鉄瓶にそと手を触れて、
「おお、よく沸いてるね。」
と茶盆に眼を着け、その蓋を取のけ、冷《ひやや》かなる吸子《きゅうす》の中を差覗《さしのぞ》き、打悄《うちしお》れたる風情にて、
「貴下《あなた》、お茶でも入れましょうか。」
と写真を、じっと瞻《みまも》りしが、はらはらと涙を溢《こぼ》して、その後はまたものいわず、深き思《おもい》に沈みけむ、身動きだにもなさざりき。
落葉さらりと障子を撫でて、夜はようやく迫りつつ、あるかなきかのお通の姿も黄昏《たそがれ》の色に蔽《おお》われつ。炭火のじょうの動く時、いかにしてか聞えつらむ。
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