《うきおり》にせる、花毛氈《はなもうせん》をもってして、いと華々しく敷詰めたり。
床なる花瓶の花も萎《しぼ》まず、西向の※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子《れんじ》の下《もと》なりし机の上も片づきて、硯《すずり》の蓋《ふた》に塵《ちり》もおかず、座蒲団《ざぶとん》を前に敷き、傍《かたわら》なる桐火桶《きりひおけ》に烏金《しゃくどう》の火箸《ひばし》を添えて、と見ればなかに炭火も活《い》けつ。
紫《し》たんの角《かく》の茶盆の上には幾個の茶碗を俯伏《うつぶ》せて、菓子を装《も》りたる皿をも置けり。
机の上には一葉の、謙三郎の写真を祭り、あたりの襖《ふすま》を閉切りたれば、さらでも秋の暮なるに、一室|森《しん》とほのあかるく四隅はようよう暗くなりて、ものの音さえ聞えざるに、火鉢に懸けたる鉄瓶の湯気のみ薄く立のぼりて、湯の沸《たぎ》る音|静《しずか》なり。折から彼方《かなた》より襖を明けつ。一脈の風の襲入《おそいい》りて、立昇る湯気の靡《なび》くと同時に、陰々たるこの書斎をば真白き顔の覗《のぞ》きしが、
「謙さん。」
と呼び懸けつ。裳《もすそ》すらすら入りざま、ぴたと襖を立
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