っていたけれど、逢いたくッて、実はね、私が。」
 といいかかれる時、犬二三頭高く吠《ほ》えて、謙三郎を囲めるならんか、叱《し》ッ叱ッと追うが聞えつ。
 更に低まりたる音調の、風なき夜半《よわ》に弱々しく、
「実はね、叔母さんに無理を謂って、逢わねばならないようにしてもらいたかった。だからね、私にどんなことがあろうとも叔母さんが気にかけないように。」
 と謂う折しも凄《すさ》まじく大戸にぶつかる音あり。
「あ、痛。」
 と謙三郎の叫びたるは、足や咬《か》まれし、手やかけられし、犬の毒牙《どくが》にかかれるならずや。あとは途ぎれてことばなきに、お通はあるにもあられぬ思い、思わず起《た》って駈出《かけい》でしが、肩肱いかめしく構えたる、伝内を一目見て、蒼《あお》くなりて立竦《たちすく》みぬ。
 これを見、彼を聞きたりし、伝内は何とかしけむ、つと身を起して土間に下立《おりた》ち、ハヤ懸金《かけがね》に手を懸けつ。
「ええ、た、た、たまらねえたまらねえ、一か八かだ、逢わせてやれ。」
 とがたりと大戸引開けたる、トタンに犬あり、颯《さっ》と退《の》きつ。
 懸寄るお通を伝内は身をもて謙三郎にへだて
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