や、世話を焼かすねえ。堪忍しておくれ、よう、老夫や。」
 と身を持余せるかのごとく、肱《ひじ》を枕に寝僵《ねたお》れたる、身体《からだ》は綿とぞ思われける。
 伝内はこの一言《ひとこと》を聞くと斉《ひと》しく、窪める両眼に涙を浮べ、一座|退《すさ》りて手をこまぬき、拳《こぶし》を握りてものいわず。鐘声遠く夜は更けたり。万籟《ばんらい》天地声なき時、門《かど》の戸を幽《かすか》に叩きて、
「通ちゃん、通ちゃん。」
 と二声呼ぶ。
 お通はその声を聞くや否や、弾械《はじき》のごとく飛起きて、屹《きっ》と片膝を立てたりしが、伝内の眼に遮られて、答うることを得《え》せざりき。
 戸外《おもて》にては言《ことば》途絶《た》え、内を窺《うかが》う気勢《けはい》なりしが、
「通ちゃん、これだけにしても、逢わせないから、所詮あかないとあきらめるが……」
 呼吸《いき》も絶《たゆ》げに途絶え途絶え、隙間を洩《も》れて聞ゆるにぞ、お通は居坐《いずまい》直整《ととの》えて、畳に両手を支《つか》えつつ、行儀正しく聞きいたる、背《せな》打ふるえ、髪ゆらぎぬ。
「実はね、叔母さんが、謂うから、仕方がないように、い
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