ず。修容正粛ほとんど端倪《たんげい》すべからざるものありしなり。されど一たび大磐石の根の覆るや、小石の転ぶがごときものにあらず。三昼夜麻畑の中に蟄伏《ちっぷく》して、一たびその身に会せんため、一|粒《りゅう》の飯《いい》をだに口にせで、かえりて湿虫の餌《えば》となれる、意中の人の窮苦には、泰山といえども動かで止《や》むべき、お通は転倒《てんどう》したるなり。
「そんなに解っているのなら、ちょっとの間、大眼《おおめ》に見ておくれ。」
と前後も忘れて身をあせるを、伝内いささかも手を弛《ゆる》めず、
「はて、肯分《ききわけ》のねえ、どういうものだね。」
お通は涙にむせいりながら、
「ええ、肯分がなくッても可いよ、お放し、放しなってば、放しなよう。」
「是非とも肯かなけりゃ、うぬ、ふン縛って、動かさねえぞ。」
と伝内は一呵《いっか》せり。
宜《うべ》しこそ、近藤は、執着《しゅうじゃく》の極、婦人《おんな》をして我に節操を尽さしめんか、終生|空閨《くうけい》を護らしめ、おのれ一分時もその傍《そば》にあらずして、なおよく節操を保たしむるにあらざるよりは、我に貞なりとはいうことを得ずとなし、
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