《おれ》も、はあ、夜《よ》の目も合わさねえで、お前様を見張るにも及ばずかい、御褒美も貰《もら》えるだ。けンどもが、何も旦那様あ、訴人をしろという、いいつけはしなさらねえだから、吾《おら》知らねえで、押通《おっとお》しやさ。そンかわりにゃあまた、いいつけられたことはハイ一寸もずらさねえだ。何でも戸外《おもて》へ出すことはなりましねえ。腕ずくでも逢わせねえから、そう思ってくれさっしゃい。」
お通はわっと泣出《なきいだ》しぬ。
伝内は眉を顰《ひそ》めて、
「あれ、泣かあ。いつもねえことにどうしただ。お前様婚礼の晩床入もしねえでその場ッからこっちへ追出《おんだ》されて、今じゃ月日も一年越、男猫も抱かないで内にばかり。敷居も跨《また》がすなといういいつけで、吾に眼張《がんばっ》とれというこんだから、吾《おり》ゃ、お前様の、心が思いやらるるで、見ているが辛いでの、どんなに断ろうと思ったか知ンねえけんど、今の旦那様三代めで、代々養なわれた老夫《じじい》だで、横のものをば縦様《たて》にしろと謂われた処で従わなけりゃなんねえので、畏《かしこま》ったことは畏ったが、さてお前様がさぞ泣続けるこんだろうと
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