ずらした。
「いえ、決して、その驚かし申すのではありません。それですから、弁天島の端なり、その……淡島の峯から、こうこの巌山を視《なが》めますと、本で見ました、仙境、魔界といった工合《ぐあい》で……どんなか、拍子で、この崖《がけ》に袖《そで》の長い女でも居ようものなら、竜宮から買ものに顕《あら》われたかと思ったもので。――前途《さき》の獅子浜、江の浦までは、大分前に通じましたが、口野からこちら……」
自動車は、既に海に張出した石の欄干を、幾処《いくところ》か、折曲り折曲りして通っていた。
「三津を長岡へ通じましたのは、ほんの近年のことで、それでも十二三年になりましょうか。――可笑《おかし》な話がございますよ。」
主人は、パッパッと二つばかり、巻莨《まきたばこ》を深く吸って、
「……この石の桟道が、はじめて掛《かか》りました。……まず、開通式といった日に、ここの村長――唯今《ただいま》でも存命で居ります――年を取ったのが、大勢と、村口に客の歓迎に出ておりました。県知事の一行が、真先《まっさき》に乗込んで見えた……あなた、その馬車――」
自動車の警笛に、繰返して、
「馬車が、真正面に
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