、この桟道一杯になって大《おおき》く目に入ったと思召せ。村長の爺様《じいさま》が、突然|七八歳《ななやッつ》の小児《こども》のような奇声を上げて、(やあれ、見やれ、鼠《ねずみ》が車を曳《ひ》いて来た。)――とんとお話さ、話のようでございましてな。」
「やあ、しばらく!」
記者が、思わず声を掛けたのはこの時であった――
肩も胸も寄せながら、
「浪打際の山の麓《ふもと》を、向うから寄る馬車を見て――鼠が車を曳いて来た――成程、しかし、それは事実ですか。」
記者が何ゆえか意気込んだのを、主人は事もなげに軽く受けた。
「ははは、一つばなし。……ですが事実にも何にも――手前も隣郡のお附合、……これで徽章《きしょう》などを附けて立会いました。爺様の慌てたのを、現にそこに居て、存じております。が、別に不思議はありません。申したほどの嶮道《けんどう》で、駕籠《かご》は無理にもどうでしょうかな――その時七十に近い村長が、生れてから、いまだかつて馬というものの村へ入ったのを見たことがなかったのでございますよ。」
「馬を見て鼠……何だか故事がありそうで変ですが――はあ、そうすると、同時に、鼠が馬に
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