紫に咲いていた。長瀬を通って、三津の浜へ出たのである。
富士が浮いた。……よく、言う事で――佐渡ヶ島には、ぐるりと周囲に欄干《まわり》があるか、と聞いて、……その島人に叱られた話がある。が、巌山《いわやま》の巉崕《ざんがい》を切って通した、栄螺《さざえ》の角《つの》に似たぎざぎざの麓《ふもと》の径《こみち》と、浪打際との間に、築繞《つきめぐ》らした石の柵《しがらみ》は、土手というよりもただ低い欄干に過ぎない。
「お宅の庭の流《ながれ》にかかった、橋廊下の欄干より低いくらいで、……すぐ、富士山の裾《すそ》を引いた波なんですな。よく風で打《ぶ》つけませんね。」
「大丈夫でございますよ。後方《あと》が長浜、あれが弁天島。――自動車は後眺望《あとながめ》がよく利きませんな、むこうに山が一ツ浮いていましょう。淡島です。あの島々と、上の鷲頭山《わしずやま》に包まれて、この海岸は、これから先、小海《こうみ》、重寺《しげでら》、口野などとなりますと、御覧の通り不穏な駿河湾が、山の根を奥へ奥へと深く入込《いりこ》んでおりますから、風波の恐怖《おそれ》といってはほとんどありません――そのかわり、山の麓の
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