《いわ》の角、この巌山の切崖《きりぎし》に、しかるべき室《むろ》に見立てられる巌穴がありました。石工《いしや》が入って、鑿《のみ》で滑《なめらか》にして、狡鼠《わるねずみ》を防ぐには、何より、石の扉をしめて祭りました。海で拾い上げたのが巳《み》の日だった処から、巳の日様。――しかし弁財天の御縁日だというので、やがて、皆《みんな》が(巳の時様)。――巳の時様、とそう云っているのでございます。朝に晩に、聞いて存じながら、手前はまだ拝見しません。沼津、三島へ出ますにも、ここはぐっと大廻りになります。出掛けるとなると、いつも用事で、忙しいものですから。……
 ――御都合で、今日、御案内かたがた、手前も拝見をしましても……」
「願う処ですな。」
 そこで、主人が呼掛けようとしたらしい運転手は、ふと辰さん(運転手)の方で輪を留めた。
「どうした。」
 あたかもまた一つ、颯《さっ》と冷い隧道《トンネル》の口である。
「ええ、あの出口へ自動車が。」
「おおそうか。……ええ、むやみに動かしては危《あぶな》いぞ。」
「むこうで、かわしたようです。」
 隧道《トンネル》を、爆音を立てながら、一息に乗り越すと
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