声を内へ引いて遁込んで、けたたましい足音で、階子壇《はしごだん》を駆上がると、あれえあれえと二階を飛廻って欄干へ出た。赤い鼠がそこまで追廻したものらしい。キャッとそこで悲鳴を立てると、女は、宙へ、飛上った。粂《くめ》の仙人を倒《さかさま》だ、その白さったら、と消防夫《しごとし》らしい若い奴は怪しからん事を。――そこへ、両手で空《くう》を掴《つか》んで煙を掻分《かきわ》けるように、火事じゃ、と駆《かけ》つけた居士が、(やあ、お谷、軒をそれ火が嘗《な》めるわ、ええ何をしとる)と太鼓ぬけに上って、二階へ出て、縁に倒れたのを、――その時やっと女中も手伝って、抱込んだと言います。これじゃ戸をしめずにはおられますまい。」
「驚きました、実に驚きましたな……三島一と言いながら、海道一の、したたかな鼠ですな。」
自動車は隧道《トンネル》へ続けて入った。
「国境を越えましたよ。」
と主人が言った。
「……時に、お話につれて申すようですけれども、それを伺ってはどうやら黙っておられないような気がしますので。……さあ、しかもちょうど、昨年、その頃です。江の浦口野の入海《いりうみ》へ漾《ただよ》った、漂流
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