くと、真黒《まっくろ》な面《つら》を出した、――尖《とが》った馬です。」
「や。」
「鼠です。大鼠がずぶずぶと水を刎《は》ねて、鯰《なまず》がギリシャ製の尖兜《とがりかぶと》を頂いたごとく――のそりと立って、黄色い目で、この方をじろりと。」
「…………」
声は、カーンと響いて、真暗《まっくら》になった。――隧道《トンネル》を抜けるのである。
「思わず畜生! と言ったが夢中で遁《に》げました。水車のあたりは、何にもありません、流《ながれ》がせんせんと響くばかり静まり返ったものです。ですが――お谷さん――もう分ったでしょう。欄干に凭《もた》れて東海道を覗いた三島宿の代表者。……これが生得《うまれつき》絵を見ても毛穴が立つほど鼠が嫌《きらい》なんだと言います。ここにおいて、居士が、騎士《ナイト》に鬢髪《びんぱつ》を染めた次第です。宿《しゅく》のその二階家の前は、一杯の人だかりで……欄干の二階の雨戸も、軒の大戸も、ぴったりと閉まっていました。口々に雑談をするのを聞くと、お谷さんが、朝化粧の上に、七つ道具で今しがた、湯へ行こうと、門の小橋を跨《また》ぎかけて、あッと言った、赤い鼠! と、あ、と
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