じい》さんという渾名《あだな》のあることも、また主人が附加えた。
「その居士《こじ》が、いや、もし……と、莞爾々々《にこにこ》と声を掛けて、……あれは珍らしい、その訳じゃ、茅野《ちの》と申して、ここから宇佐美の方へ三里も山奥の谷間《たにあい》の村が竹の名所でありましてな、そこの講中が大自慢で、毎年々々、南無大師遍照金剛《なむだいしへんじょうこんごう》でかつぎ出して寄進しますのじゃ……と話してくれました。……それから近づきになって、やがて、富士の白雪あさ日でとけて、とけて流れて三島へ落ちて、……ということに、なったので。」
 自動車が警笛を。
 主人は眉の根に、わざと深く皺《しわ》を寄せて、鼻で撓《た》めるように顔を向けた。
「はてね。」
「いや、とけておちたには違いはありませんがね――三島|女郎衆《じょろしゅ》の化粧の水などという、はじめから、そんな腥《なまぐさ》い話の出よう筈はありません。さきの御仁体でも知れます。もうずッと精進で。……さて、あれほどの竹の、竹の子はどんなだろう。食べたら古今の珍味だろう、というような話から、修善寺の奥の院の山の独活《うど》、これは字も似たり、独鈷《と
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