し》になるから、竹の子は掘らないのだと……少《すこし》く幻滅を感じましたが。」
 主人は苦笑した。
「しかし――修善寺で使った、あのくらいなのは、まったく見た事はない、と田京あたりだったでしょう。温泉で、見知越《みしりごし》で、乗合わした男と――いや、その男も実は、はじめて見たなどと話していると、向う側に、革の手鞄《てかばん》と、書もつらしい、袱紗包《ふくさづつみ》を上に置いて、腰を掛けていた、土耳古形《トルコがた》の毛帽子を被《かぶ》った、棗色《なつめいろ》の面長《おもなが》で、髯《ひげ》の白い、黒の紋織《もんおり》の被布《ひふ》で、人がらのいい、茶か花の宗匠といった風の……」
 半ば聞いて頷《うなず》いた。ここで主人の云ったのは、それは浮島禅師《うとうぜんじ》、また桃園居士《とうえんこじ》などと呼ばれる、三島沼津を掛けた高持《たかもち》の隠居で。……何不足のない身の上とて、諸芸に携わり、風雅を楽《たのし》む、就中《なかんずく》、好んで心学一派のごとき通俗なる仏教を講じて、遍《あまね》く近国を教導する知識だそうである。が、内々で、浮島《うとう》をかなで読むお爺さん――浮島爺《うきしま
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