、膝のめりやすを溢出《はみだ》させて、
「まるで、こりゃ値になりませんぞ。」
原著者は驚いたろう。
「しかし買うとして、いくらですか。」
――途方もない値をつけた。つけられた方は、呆れるより、いきなり撲《なぐ》るべき蹴倒し方だったが、傍《かたわら》に、ほんのりしている丸髷《まげ》ゆえか、主人の錆びた鋲《びょう》のような眼色《めつき》に恐怖《おそれ》をなしたか、気の毒な学生は、端銭《はした》を衣兜《かくし》に捻込《ねじこ》んだ。――三日目に、仕入の約二十倍に売れたという
味をしめて、古本を買込むので、床板を張出して、貸本のほかに、その商《あきない》をはじめたのはいいとして、手馴《てな》れぬ事の悲しさは、花客《とくい》のほかに、掻払《かっぱら》い抜取りの外道《げどう》があるのに心づかない。毎日のように攫《さら》われる。一度の、どか利得《もうけ》が大穴になって、丸髷だけでは店が危い。つい台所用に女房が立ったあとへは、鋲の目が出て髯を揉むと、「高利貸《あいす》が居るぜ。」とか云って、貸本の素見《ひやかし》までが遠ざかる。当り触り、世渡《よわたり》は煩《むず》かしい。が近頃では、女房も見張
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