りに馴れたし、亭主も段々古本市だの場末の同業を狙って、掘出しに精々出あるく。
 ――好《い》い天気の、この日も、午飯《ひる》すぎると、日向《ひなた》に古足袋の埃《ほこり》を立てて店を出たが、ひょこりと軒下へ、あと戻り。
「忘れものですか。」
「うふふ、丸髷《まげ》ども、よう出来たたい。」
「いやらし。」
 と顔をそらしながら、若い女房の、犠牲《いけにえ》らしいあわれな媚《こび》で、わざと濡色の髱《たぼ》を見せる。
「うふふ。」と鳥打帽の頭《こうべ》を竦《すく》めて、少し猫背で、水道橋の方へ出向いたあとで。……

       四

 遅い午餉《ひる》だったから、もう二時下り。亭主の出たあと、女房は膳《ぜん》の上で温茶《ぬるちゃ》を含んで、干ものの残りに皿をかぶせ、余った煮豆に蓋《ふた》をして、あと片附は晩飯《ばん》と一所。で、拭布《ふきん》を掛けたなり台所へ突出すと、押入続きに腰窓が低い、上の棚に立掛けた小さな姿見で、顔を映して、襟を、もう一息掻合わせ、ちょっと縮れて癖はあるが、髪結《かみゆい》も世辞ばかりでない、似合った丸髷《まるまげ》で、さて店へ出た段取だったが……
 ――遠くの橋
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