女で間に合う家業でつないで、そのうち一株ありつく算段で、お伽堂の額を掛けたのだそうである。
 開業|当初《のっけ》に、僥倖《ぎょうこう》にも、素晴らしい利得《もうけ》があった。
「こちらじゃ貸すばかりで、買わないですか。」
 学生が一人、のっそり立ち、洋書を五六冊|引抱《ひんだ》いて突立《つッた》ったものである。
「は、おいで遊ばしまし。」
 と、丁寧に、三指もどきのお辞儀をして、
「あの、もしえ。」
 と初々《ういうい》しいほど細い声を掛けると、茶の間の悪く暗い戸棚の前で、その何かしら――内臓病者補壮の食はまだ考えない、むぐむぐ頬張っていた士族|兀《はげ》の胡麻塩《ごましお》で、ぶくりと黄色い大面《おおづら》のちょんびり眉が、女房の古らしい、汚れた半※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《ハンケチ》を首に巻いたのが、鼠色の兵子帯《へこおび》で、ヌーと出ると、捻《ひね》っても旋《ねじ》っても、眦《めじり》と一所に垂れ下る髯の尖端《とっさき》を、グイと揉《も》み、
「おいでい。」
 と太い声で、右の洋冊《ようしょ》を横縦に。その鉄壺眼《かなつぼまなこ》で……無論読めない。貫目を引きつつ
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