袴まで穿《は》きましたんです、風がありますからですが。この雪と来て、あなたは不断お弱いし……きっとお出掛けなさりはしないだろう、と一人で極《き》めて、その袴も除《の》けてさ、まあ。ご丁寧に、それで火鉢に噛《かじ》りついたんですけど……そうでもない、ほかの事とは違って、お参詣《まいり》をするのに、他所《よそ》の方が、こうだから、それだから、どうの、といっては勿体なし……一人ででも、と思いますと、さあ、あなたも同じ心でお出掛けになったかも分らない。――急に火鉢の火のつくように、飛上って、時間がおくれた、大変だ。お待合わせを約束の仲|町《ちょう》を出た、あの大時計が雪の塔、大吹雪の峠の下に、一人旅で消えそうに彳《た》っていらっしゃるのが目さきに隠現《ちらつ》くもんですから、一息に駆出すようにして来たんです。気ばかり急いで。」
と、顔をひたと合わせそうに、傘《からかさ》を横に傾けたので、耳にまで飛ぶ雪を、鬢《びん》を振って、払い、はらい、
「この煙とも霧とも靄《もや》とも分らない卍巴《まんじともえ》の中に、ただ一人、薄《うっす》りとあなたのお姿を見ました時は、いきなり胸で引包《ひっつつ》んで
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