さば》いたの、部屋着を開《はだ》けたのだのが、さしむかいで、盃洗が出るとなっては、そのままいきなり、泳いで宜《よろ》しい、それで寄鍋をつつくうちは、まだしも無鱗類の餌らしくて尋常だけれども、沸燗《にえがん》を、めらめらと燃やして玉子酒となる輩《ともがら》は、もう、妖怪に近かった。立てば槍《やり》烏賊、坐れば真《ま》烏賊、動く処は、あおり烏賊、と拍子にかかると、また似たものが外《ほか》にあった。
 季節はそれるが、その形は、油蝉にも似たのである。
 ――月府玄蝉《げっぷげんせん》――上杉先生が、糸七同門の一人に戯《たわむれ》に名づけたので、いう心は月賦で拵《こしら》えた黒色外套の揶揄《やゆ》である。これが出来上った時、しかも玉虫色の皆絹裏《かいきうら》がサヤサヤと四辺《あたり》を払って、と、出立《いでた》った処は出来《でか》したが、懐中|空《むな》しゅうして行処《ゆくところ》がない。まさか、蕎麦屋《そばや》で、かけ一、御酒なしでも済まないので、苦心の結果、場末の浪花節を聞いたという。こんなのは月賦が必ず滞《たま》る。……洋服屋の宰取《さいとり》の、あのセルの前掛《まえかけ》で、頭の禿《は
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