》の下《もと》で、ものを期したるごとくしばらく人待顔に彳《たたず》んだのは誰《た》がためだろう。――やがて頭巾《ずきん》を被《かぶ》った。またこれだけも一仕事で、口で啣《くわ》えても藤色|縮緬《ちりめん》を吹返すから、頤《おとがい》へ手繰って引結うのに、撓《しな》った片手は二の腕まで真白《まっしろ》に露呈《あらわ》で、あこがるる章魚《たこ》、太刀魚《たちのうお》、烏賊《いか》の類《たぐい》が吹雪の浪を泳ぎ寄りそうで、危っかしい趣さえ見えた。
 ――ついでに言おう。形容にもせよ、章魚、太刀魚はいかがだけれど、烏賊は事実居た……透かして見て広小路まで目は届かずとも、料理店、待合など、池の端《はた》あたりにはふらふらと泳いでいたろう――
 その頃は外套《がいとう》の襟へ三角|形《なり》の羅紗《らしゃ》帽子を、こんな時に、いや、こんな時に限らない。すっぽりと被るのが、寒さを凌ぐより、半分は見得で、帽子の有無《ありなし》では約二割方、仕立上りの値が違う。ところで小座敷、勿論、晴れの席ではない、卓子台《ちゃぶだい》の前へ、右のその三角帽子、外套の態《なり》で着座して、左褄《ひだりづま》を折捌《おり
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