しごきで、頽然《たいぜん》としていた事になる。もっとも、おいらんの心中などを書く若造を対手《あいて》ゆえの、心易さの姐娘《あねご》の挙動《ふるまい》であったろうも知れぬ。
 ――「今日は珍らしいんです、いつも素見《ぞめき》大勢。山の方から下りていらっしゃる方、皆さん学者、詩人連でおいで遊ばすでしょう。英語はもとより、仏蘭西《フランス》をどうの、独乙《ドイツ》をこうの、伊太利《イタリー》語、……希臘《ギリシャ》拉甸《ラテン》……」――
 と云って、にっこり笑ったそうである。
 が、山から下りて来るという、この人々に対しては、(じれった結び)なぞ見せはしない、所帯ぎれのした昼夜帯も(お互に貧乏で、相向った糸七も足袋の裏が破れていた。)きちんと胸高なお太鼓に、一銭が紫粉《むらさきこ》で染返しの半襟も、りゅうと紗綾形《さやがた》見せたであろう、通力自在、姐娘の腕は立派である。
 ――それにつけても、お京さんは娘であった。雪の朝の不忍の天女|詣《もうで》は、可憐《いとし》く、可愛い。

       十七

 お京は下向《げこう》の、碧玳瑁《へきたいまい》、紅珊瑚《こうさんご》、粧門《しょうもん
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