に靡《なび》くが見えたし、場処によると――あすこがもう水道橋――三崎|稲荷《いなり》の朱の鳥居が、物干場の草原だの、浅蜊《あさり》、蜆《しじみ》の貝殻の棄てたも交る、空地を通して、その名の岬に立ったように、土手の松に並んで見通された。
 ……と見て通ると、すぐもう広い原で、屋敷町の屋敷を離れた、家並《やなみ》になる。まだ、ほんの新開地で。
 そこいらに、小川という写真屋の西洋館が一つ目立った。隣地の町角に、平屋|建《だて》の小料理屋の、夏は氷店《こおりみせ》になりそうなのがあるのと、通りを隔てた一方の角の二階屋に、お泊宿の軒行燈《のきあんどん》が見える。
 お泊宿から、水道橋の方へ軒続きの長屋の中に、小さな貸本屋の店があって……お伽堂《とぎどう》……びら同然の粗《ざつ》な額が掛けてある。
 お伽堂――少々気になる。なぜというに、仕入ものの、おとしの浅い箱火鉢の前に、二十六七の、色白で、ぽっとりした……生際はちっと薄いが、桃色の手柄の丸髷《まるまげ》で、何だか、はれぼったい、瞼《まぶた》をほんのりと、ほかほかする小春日の日当りに表を張って、客欲しそうに坐っているから。……
 羽織も、着も
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