のばずのいけ》を左に、三枚橋、山下、入谷《いりや》を一のしに、土手へ飛んだ。……当時の事の趣も、ほうけた鼓草《たんぽぽ》のように、散って、残っている。
近頃の新聞の三面、連日に、偸盗《ちゅうとう》、邪淫《じゃいん》、殺傷の記事を読む方々に、こんな事は、話どころか、夢だとも思われまい。時世は移った。……
ところで、天保銭吉原の飛行《ひぎょう》より、時代はずっと新しい。――ここへ点出しようというのは、件《くだん》の中坂下から、飯田町|通《どおり》を、三崎町の原へ大斜めに行《ゆ》く場所である。が、あの辺は家々の庭背戸が相応に広く、板塀、裏木戸、生垣の幾曲り、で、根岸の里の雪の卯《う》の花、水の紫陽花《あじさい》の風情はないが、木瓜《ぼけ》、山吹の覗かれる窪地の屋敷町で、そのどこからも、駿河台《するがだい》の濃い樹立の下に、和仏英女学校というのの壁の色が、凩《こがらし》の吹く日も、暖かそうに霞んで見えて、裏表、露地の処々《ところどころ》から、三崎座の女芝居の景気|幟《のぼり》が、茜《あかね》、浅黄《あさぎ》、青く、白く、また曇ったり、濁ったり、その日の天気、時々の空の色に、ひらひらと風次第
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