これは月村一雪、――中洲のお京であった。
実は――――
「……小説が上手に書けますように……」
どうも可訝《おか》しい、絵が上手になりますように、踊が、浄瑠璃《じょうるり》が、裁縫《おしごと》が、だとよく解《きこ》えるけれども、小説は、他《ほか》に何とか祈念のしようがありそうに思われる。作者だってそう思う。人生の機微に針の尖《さき》で触れますように、真理を鋭刀《メス》で裂きますように、もう一息、世界の文豪を圧倒しますように……でないと、承知の出来ない方々が多いと思う。が、一雪のお京さんは確《たしか》に前条のごとくに祈念したのである。精確な処は、傍《かたえ》に真白《まっしろ》に立たせたまえる地蔵尊に、今からでも聞かるるが可《い》い。
なお、かし本屋の店頭でもそうだし、ここでの紫の雨合羽に、塗《ぬり》の足駄など、どうも尋常《ただ》な娘で、小説家らしい処がない。断髪で、靴で、頬辺《ほおべ》が赤くないと、どうも……らしくない。が、硯友社《けんゆうしゃ》より、もっと前、上杉先生などよりなお先に、一輪、大きく咲いたという花形の曙《あけぼの》女史と聞えたは、浅草の牛肉屋の娘で――御新客《ごしん
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