向《うつむ》いた頸《えり》の皓《しろ》さ。
 吹乱す風である。渋蛇目傘《しぶじゃのめ》を開いたままで、袖摺《そでず》れに引着けた、またその袖にも、霏々《ひひ》と降りかかって、見る見る鬢《びん》のおくれ毛に、白い羽子《はね》が、ちらりと来て、とまって消えては、ちらりと来て、消えては、飛ぶ。
 前髪にも、眉毛にも。
 その眉の上なる、朱の両方の円柱《まるばしら》に、
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……妙吉祥《みょうきっしょう》……
……如蓮華《にょれんげ》……
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 一|聯《れん》の文字が、雪の降りつもる中《うち》に、瑠璃《るり》と、真珠を刻んで、清らかに輝いた。
 再び見よ、烈しくなった池の波は、ざわざわとまた亀甲《きっこう》を聳《そばた》てる。
 といううちに、ふと風が静まると、広小路あたりの物音が渡って来て、颯《さっ》と浮世に返ると、枯蓮の残ンの葉、折れた茎の、且つ浮き且つ沈むのが、幾千羽の白鷺《しらさぎ》のあるいは彳《たたず》み、あるいは眠り、あるいは羽搏《はう》つ風情があった。
 青い頭、墨染の僧の少《わか》い姿が、御堂《みどう》内に、白足袋でふわりと浮くと、蝋燭
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