すりと月が朧《おぼろ》に映すように、大路、小路、露地や、背戸や、竹垣、生垣、妻戸、折戸に、密《そっ》と、人目を忍んで寄添う風情に、都振《みやこぶり》なる雪女郎の姿が、寒くば絹綿を、と柳に囁《ささや》き、冷い梅の莟《つぼみ》はもとより、行倒れた片輪車、掃溜《はきだめ》の破筵《やれむしろ》までも、肌すく白い袖で抱いたのである。が、由来|宿業《しゅくごう》として情と仇《あだ》と手のうらかえす雪女郎は、東雲《しののめ》の頃の極寒に、その気色たちまち変って、拳《こぶし》を上げて、戸を煽《あお》り、廂《ひさし》を鼓《たた》き、褄を飛ばして棟を蹴《け》た。白面|皓身《こうしん》の夜叉《やしゃ》となって、大空を駆けめぐり、地を埋め、水を消そうとする。……
 今さかんに降っている。

       十五

 ……盛に降っている。
 たてに、斜《ななめ》に、上に、下に、散り、飛び、煽《あお》ち、舞い、漂い、乱るる、雪の中に不忍の池なる天女の楼台は、絳碧《こうへき》の幻を、梁《うつばり》の虹に鏤《ちりば》め、桜柳の面影は、靉靆《あいたい》たる瓔珞《ようらく》を白妙《しろたえ》の中空に吹靡《ふきなび》く。
 
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