な一行に見惚《みと》れた体で、背後《あと》に廻ったり、横に出たり、ついて離れて歩行《ある》くのが、この時一度|後《うしろ》へ退《しざ》った。またこの親仁も妙である。青、黄に、朱さえ交った、麦藁《むぎわら》細工の朝鮮帽子、唐人笠か、尾の尖《とが》った高さ三尺ばかり、鯰《なまず》の尾に似て非なるものを頂いて。その癖、素銅《すあか》の矢立《やたて》、古草鞋《ふるわらじ》というのである。おしい事に、探偵ものだと、これが全篇を動かすほど働くであろう。が、今のチンドン屋の極めて幼稚なものに過ぎない。……しばらくあって、一つ「とうふイ、生揚《なまあげ》、雁《がん》もどき」……売声をあげて、すぐに引込《ひっこ》む筈《はず》である。
 従って一行三人には、目に留めさせるまでもなければ、念頭に置かせる要もない。
「あれが仮に翠帳《すいちょう》における言語にして見ろ。われわれが、もとの人間の形を備えて、ここを歩行《ある》いていられるわけのものじゃないよ。斬るか、斬られるか、真剣抜打の応酬なくんばあるべからざる処を、面壁九年、無言の行だ。――どうだい、御前《ごぜん》、この殿様。」
「お止《よ》しよ、その御前、
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