《ほおば》の日和下駄を、かたかたと鳴らしざまに、その紋緞子の袴の長い裾を白足袋で緩く刎《は》ねて、真中の位置をずれて、ツイと軒下を横に離れたが。
 弱い咳をすると、口元を蔽《おお》うた指が離れしなに、舌を赤く、唇をぺろりと舐《な》めた。
 貸本屋の女房は、耳朶《みみたぶ》まで真赤《まっか》になった。
 写真館の二階窓で、荵《しのぶ》の短冊とともに飜《ひるがえ》った舌はこれである。
 が、接吻と誤《あやま》ったのは、心得違いであろう。腰の横笛を見るがいい。たしなみの楽の故に歌口をしめすのが、つい癖になって出たのである。且つその不断の特異な好みは、歯を染めているので分る。女は気味が悪かろうが、そんなことは一向構わん、艶々として、と見た目に、舌まで黒い。

       十二

「何とかいったな、あの言種《いいぐさ》は。――宴会前で腹のすいた野原《のっぱら》では、見るからに唾《つば》を飲まざるを得ない。薄皮で、肉|充満《いっぱい》という白いのが、妾《めかけ》だろう、妾に違いない。あの、とろりと色気のある工合がよ。お伽堂、お伽堂か、お伽堂。」
 竹如意が却って一竹箆《ひとしっぺい》食《くら》い
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