鳥居が一つ、跨《また》を上げて飛んで来たように見えたのですけれど、変な事は――そこの旅宿《やどや》と向うの料理屋の中ほどの辻の処からだったんだそうでございましてね――灰色の雲の空から、すーっと、細いものが舞下って来て、顔から肩の処へ掛《かか》ったように思われたんでございますって。最初《はな》、蜘蛛の巣だろう……誰だってそう思いますわ。
身体《からだ》をもがいて払うほどの事じゃなし――声を掛けて、内の前をお通りなさいました時は、もうお忘れなすったほどだったそうなんですが、芝居の前あたりで、それが咽喉《のど》へ触りました、むずむずと、ぐうと扱《しご》くように。」
「いやですねえ。」
「いやでございますことね。――久女八が土蜘蛛をやっている、能がかりで評判なあの糸が、破風《はふ》か、棟から抜出したんだろう。そんな事を、串戯《じょうだん》でなくお思いなすったそうです。
芝居|好《ずき》な方で、酔っぱらった遊びがえりの真夜中に、あなた、やっぱり芝居ずきの俥夫《くるまや》と話がはずむと、壱岐殿坂の真中《まんなか》あたりで、俥夫《わかいしゅ》は吹消した提灯《かんばん》を、鼠に踏まえて、真鍮《しん
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