、狂犬《やまいぬ》でなくて、お仕合せ、蜘蛛ぐらい、幽霊も化ものも、まあ、大袈裟なことを、とおかしいようでございましたが、燈でよく、私も一所に、その中指を、じっと見ますと、女の髪の毛が巻きついているんでございましてね。」
「髪の毛ですえ、女の。」
 お嬢さんは細い指を、白く揃えて、箱火鉢に寄せた。例の枯荵《かれしのぶ》の怪しい短冊の舌は、この時|朦朧《もうろう》として、滑稽《おどけ》が理に落ちて、寂しくなったし、鶏頭の赤さもやや陰翳《かげ》ったが、日はまだ冷くも寒くもない。娘の客は女房と親しさを増したのである。
「ええ、そうなんでございます。二人して、よく見ましたの、この火鉢の処で。」
 お嬢さんは手を引込《ひっこ》めた。枯野の霧の緋葉《もみじ》ほど、三崎街道の人の目をひいたろう。色ある半※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]も、安んじて袖の振《ふり》へ納った。が、うっかりした。その頬を拭《ぬぐ》った濡手拭は、火鉢の縁に掛《かか》っている。
 女房はさまでは汚がらないで、そのままで、
「――学生さんの制服で駈戻《かけもど》って来なさいましたのは水道橋の方からでございましょう。お稲荷様の
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