学へお通いなさいます学生さんで、時々おいで下さいます。その方ですが、あなた、今日のような好《い》いお日和ではありません、何ですか、しぐれて、曇って、寂しい暮方でございましたの。
 やあ、と云って、その学生さんが、あの辻の方から。――油を惜しむなよ、店が暗いじゃないか。今つける処なのよ、とお心易立てに、そんな口を利きましてね、釣洋燈《つりらんぷ》の傍《そば》に立っていますと、その時はお寄りなさらないで、さっさと水道橋の方へ通越していらっしゃいました。
 三崎座が刎《は》ねまして、両方へばらばら人通りがありました。それが途絶えましたちょうどあとで、お一人で、さっさと幟《のぼり》のかげへ見えなくおなんなすったんですが、燈《ひ》がつきました、まだ蕊《しん》の加減もしません処へ、変だ、変だ、取殺される、幽霊だ、ばけものだ、と帽子なんか、仰向けに、あなた……」

       十

「……燈をあかるくしてくれ、変だ。あ、痛い痛いと、左の手を握って、何ですか――印を結んだとかいいますように、中指を一本押立てていらっしゃるんです。……はじめは蜘蛛《くも》の巣かと思ったよ、とそうおいいなさるものですから
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