優|久女八《くめはち》は別として、三崎座なみは情《なさけ》ない。場面を築地辺にとればまだしもであったと思う。けれども、三崎町が事実なのである。
「ほほほ、お呼びずての方が却ってお心易くって、――ああ、お茶を一つ。」
「おかみさん、ちょいと、あの、それより冷水《おひや》を。」
「冷水?」
「あの、ざぶざぶ、冷水で、この半※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《ハンケチ》を絞って下さいませんか。御無心ですが。私ね、実は、その町の曲角で、飛んだ気味の悪い事がありましてね。」

       九

「そこの旅宿《やどや》の角まで、飯田町の方から来ますとね、妾《わたし》、俥《くるま》だったんですけれど、幌《ほろ》が掛《かか》っていましたのに、何ですか、なまぬるい、ぬめりと粘った、濡れたものが、こっちの、この耳の下から頬へ触ったんです。」
 水紅色《ときいろ》の半※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《ハンケチ》が、今度は花弁《はなびら》のしぼむ状《さま》に白い指のさきで揺れた。
「あれ、と思って、手を当てても何にもないんです。」
「あの、此店《こちら》へおいでなさいました、今しがた……」
 
前へ 次へ
全151ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング