ようだ。中味は象牙《ぞうげ》じゃあるまい。馬の骨だろう。」……何ですか、さも、おかしそうに。――そうしますと、糸七さんは、その傍《そば》で、小さくなって。……」
 お嬢さんの唇の綻《ほころ》びた微笑《ほほえみ》に、つい笑って、
「何の事ですか、私などには解りませんの、お嬢様は。」
「存じません。」
「あれ御承知らしくていらしって……お意地の悪い、ほほほ。」
「いいえ、知りません。中坂とかの、その結綿の方ならお解りでしょうね。……それよりか、『たそがれ』の作者の糸七――まあ、私、さっきから、……此店《こちら》とお知合とはちっとも知らないもんだから、……悪かったわねえ。糸七さん、ともいいませんでした。」
「いいえ、あなた、お客様は、誰方《どなた》だって、作者の名を、さん附にはなさいません。格別、お好きな、中坂のその方だって、糸七、と呼びすてでございますの。ええ、そうでございますとも。この辺でごらんなさいまし。三崎座の女役者を、御贔負《ごひいき》は、皆呼びずてでございます。」
 言い得て女房、妙である。(おん箸入)の内容が馬の骨なら、言い得て特に妙である。が、当時梨園に擢出《ぬきんで》た、名
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