のまま腰を抜かす処を、学海先生、杖の手に気を入れて、再び大音に、
「頼む。」
「ダカレケダカ、と云ってるじゃあないか。へん、野暮め。」
「頼もう。」
「そいつも、一つ、タカノコモコ、と願いたいよ。……何しろ、米八《よねはち》、仇吉《あだきち》の声じゃないな。彼女等《きゃつら》には梅柳というのが春《しゅん》だ。夏やせをする質《たち》だから、今頃は出あるかねえ。」
「頼むと申す……」
「何ものだ。」
 と、いきなり段の口へ、青天の雷神《かみなり》が倒《の》めったように這身《はいみ》で大きな頭を出したのは、虎の皮でない、木綿越中の素裸《すっぱだか》――ちょっと今時の夫人、令嬢がたのために註しよう――唄に……
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……どうすりゃ添われる縁じゃやら、じれったいね……
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 というのがある。――恋は思案のほか――という折紙附の格言がある。よってもって、自から称した、すなわちこれ、自劣亭《じれってい》思案外史である。大学中途の秀才にして、のぼせを下げる三分刈の巨頭は、入道の名に謳《うた》われ、かつは、硯友社の彦左衛門、と自から任じ、人も許して、夜討朝駆に寸分
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